起 原文
奢者冨而不足
何如儉者貧而有餘
能者勞而府怨
何如拙者逸而全真
奢る者は富みて足らず
何ぞ検者の貧にして余り有るにしかん
能者は労して怨みをあつむ
何ぞ拙者の逸にして真を全うするにしかん
儉者、つつましくする者;能者、才能のある者;拙者、下手で愚直な者
承 意訳
豪華さを好む者はいくら富があっても不足を感じます
それよりは倹約をモットーとする者は貧乏であっても僅かずつ余りを蓄えることができるのであれば、こちらの方がどれほど良いことでしょうか
才能のある者は己の手腕により色々な事をするので、かえって他人の怨恨を買ってしまいます
それよりは万事に下手で愚直な者でも自己の真の性質を全うすることができるのであれば、こちらの方がどれほど良いことでしょうか
転 別視点
豪華な生活をすることよりは、満足感を感じる方が幸せになります。能力が優れていることよりも、自分の生きたいように生きることができる方が幸せということです。
「足るを知る」は仏教の教えを老子が広めた言葉です。欲は際限がないので、現状に感謝する気持ちを持つことの重要性が強調されます。
社会的な成功よりも、自分が選択した楽しい人生を歩みたいです。この心境になるには、ある程度の年数が必要です。大学卒業したくらいの世代の若者が、この言葉を言ったなら、年寄りの発想だな、と私は思ってしまいます。洪自誠さんが菜根譚を書いたのは中年以降なので、若者にはしっくりこないことが普通なのかもしれません。
結 まとめ
欲には際限がなく、「足ると知る」ことが重要です。才能は他人の怨恨を買う可能性があり、控えめに行動する。